えぐちず 2

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 ●松陰神社●


やっぱり誰もいない。

 まぁーるバスは想像通りガラガラでした。
 揺られること10分程度。我々は松陰神社前に到着です。

 やっぱり誰もいないーー。と思いきや、なぜか背広姿の集団がいました。何でしょう、なんかの研修でもあったのでしょうか。 

 鳥居をくぐり、いくつかの史跡を回ります。噂の松下村塾をはじめ、松陰が幽囚されていたというナントカいう建物。「ああ、ここに門下生たちが集まり、松陰は講義をしていたのだろうなあ」などと想像を膨らませて進む‥‥というのが正しい進み方なのだろうが。
 昔の建造物としての興味しか抱かない我々。
 いやー、間口の広さとか、梁の組み方とか、屋根の葺き方とか、そんなことばっかり気ィとられてやんの。これだから左官職人の息子は。習わぬ経を読みやがって。それを言っちゃあ、自分もだけどな。タクシー運転手の娘がなんで雨戸に食いついているんだか。

 ところで。吉田松陰って、実は若い。
 肖像画のせいで、老けている印象であるが、享年29歳と知ってちょっとたまげた。29歳って、今のわしらより若いやん。若いくせに、なんでその老け顔。ちなみにわたくしのイメージは、小さいときに読んだ歴史漫画の絵。皆から先生と慕われたり、辞世の句を読んだり、世を悟った爺さんだと思ってました。刷り込みって怖いなあ。

 ひととおりぐるりと回って、売店を覗きます。松陰テレホンカードが売られていましたが、サンプルはすっかり色褪せています。おそらくテレホンカードが全盛のころは、ばんばん売れていたに違いない(まあ、どこの観光地も同じだろうが)。とりあえずおみくじ引いて、巫女さんの写真を2枚撮ってそこは終わりました。

 そして再び、入り口に戻ります。



 気になるなあ松陰歴史館。

 
 日付の入れられる記念メダルの自動販売機。
 呼び込みの音声は、お祭りの見世物小屋のようだ。
 明らかに昭和の建造物。
 けだるそうな受付のおばちゃん。受付どころか表の掃除してて無人だったし。
 それよりもなによりも気になるのが。



 正面に2体並んでいる蝋人形。
 ちょっとオヒョイさんに似てます。

 先にネタばらしをしますが、この歴史観は、蝋人形展示館です。
 松陰の生涯で起こったイベントのワンシーンを、それぞれ蝋人形で再現しております。

 さあ、覚悟が決まったところで入りましょう。

 こわい!!

 人形はさておいて、まず建物の作りからして怖い。
 薄暗い館内は、ペンキ塗ったベニヤ板でまるで文化祭でのお化け屋敷のように細い通路で仕切られていて、曲がり角の向こうにぼんやりと明かりがあったかと思うと、そこでは蝋人形が待ち構えている。またリアルなんだわ、この蝋人形。着衣は近所の地蔵がよく着ている、婆ちゃんの手作りちゃんちゃんこみたいな柄のくせに、髪の毛一本一本植毛されて、それが数本ばらりと顔に垂れてる。
 目を会わすな、呪われる!!
 振り返るな、動き出す!!
 何より一番怖いのが、入り口入ってすぐにある、一族の集合シーン。
 日常を表現したのであろう、幼少のころの先生と弟妹たちが立ち並んでいて、井戸の脇でおかあちゃんが洗濯をしている。
 何で下向いてんの、おかあちゃん。
 顔が見えない分、よけいに怖い。そのうちゆっくりと起き上がるに違いない。きゃー。

 そんな中で山田殿だけがしょぼーんとしていた。山田殿って誰だ。たぶん山田亦介。武教全書のエピソードのところだったと思います。なにせ館内で撮影しなかったもんで。江口だって落ち度はある。
 もし歴史館に行く予定があるなら、あなたも山田殿で和んでください。
 合言葉は「しょぼーん」。

 余談ですが、よその観光ガイドなどを見ていたら、ここの歴史館の所要時間は20分ほどだとか。
 ごめん、1時間はいたかもしれない。
 これが我々。



●伊藤博文旧宅・別邸●

 
旧宅と別邸、隣同士です。

 松陰神社の脇をすり抜けて、住宅街をてくてく歩きます。5分ほどで到着、旧宅と別邸。その通る道筋にも何かあったらしく、案内板がいくつか立っていた。これは後に知ることですが、萩はこんなふうに町をあげて観光地となっているので、あっちこっちにガイド看板が立っている。誰のどんな史跡か知らないけれど、とりあえず書いてくれている。住宅跡か処刑跡か知らないけれどとにかく解説してくれている。もちろん矢印看板だってばっちり。そんなふうにたどり着いた、これまた建造物好きを喜ばせる作りのレトロなおうち。
 やっぱり時代が違うので、松陰神社とはまた違う建物。古いことは古いけど、どことなく現代的です。史跡というより、通学路によくあった空き家のような。そんなことも含めて、住宅構造の変遷を感じてみるのもまた楽し。
 だからここはそんなふうな楽しみ方をする場所じゃないんだけどな。
 ぐるりと一周したら、隣の敷地に行きましょう、別邸のほうです。
 もともと東京の世田谷にあったものを、移築したものです。入り口のところに長州ファイブなるものの解説があったのでふっとびました(全然知らなかったが、映画だったのな。ここへ来たときには何も知らず、このセンス無いネーミングにツッコミを入れるだけであった)。

 さて、ここの楽しいところは、中に入れる、ということです。しかもガイドさんが常駐していて、解説をしてくれます。マンツーマンじゃないのだが、このときにはわしらしかいなかったので、結果的に専任ガイド。
 いろいろ説明をしてくれたのだが、覚えているのは、

ガイド「どちらからお越しですか?」
江口「あ、私たちは香川県からです」
ガイド「香川ですか。それでこの邸は、もとは東京にあったんですよー」

 という繋がっているのか繋がっていないのか分からない会話だけでした。

 建物の話に戻りましょう。
 この家は、素人目にも分かるほど、豪邸でした。
 ガイドさんが説明してくれた、一枚板の杉天井も「おおぅ」と思いましたが、それ以外にも、ハイカラな小物、欄間、窓枠、ガラス、そういったものが見るからに豪華げでした。もっとも、手入れがされているだろうから、どこまでが100%当時の現物なのかは知りませんが、少なくとも旧宅と比較して、当時の日本人がこのレベルの家で暮らしていたことを考えると雲泥です。
 そして各種資料が、テレビ(ガイドビデオ放映中)の前に置かれたちゃぶ台に置かれています。ええ、座って読むんですよ。

 まったり。

 いけない、ここはまったりしてしまう!
 窓辺に腰掛けて、ぼへー。
 ちゃぶ台にひじ付いて、ぼへー。
 中庭を眺めて、ぼへー。
 このレトロで豪華な空間は、心が和んで、そして長居しやすい。いけない、このままではここに住んでしまいかねない。
 後から来たファミリーが、さっさと廊下を一周して帰っているのに、わしらはいったいいつまでいるのか。ガイドのおばちゃん達に不審者と思われてはいないか。

 そろそろバスの時間なので出て行くとしましょうか。



●惺々庵●


うっかりして見落としました。

 松陰神社前からバスに乗り、とりあえずお土産を買おうと、おみやげ博物館なる場所を目指しました。旅館にもあるんですが、規模の大きなところを見たかったので。で、ガイドブックにも載っているここをチョイスしたのですよ、バスセンターの向かいだから、きっと本格的だろうと期待してね。結果は、まあ、アレでナニ。とりあえず銘酒『長州ファイブ』を買いました。

 はい、おみやげのことは忘れて、次の目的地へ行きましょう。次の目的地は『惺々庵』。
 どのガイドブックを見ても載っている、抹茶と和菓子の味わえる一服処。もちろん萩焼の茶碗で。
 こりゃあいいや、ぜひ行こう、と出発前から張り切っていたのですが。あのね、そろそろ気づいてきたよ。「どのガイドブック見ても同じ情報」って、「これしか紹介するものが無い」ってのと同義だったりしないかい?

 一昔前のバブリー観光客のように、ガイドブック片手に店を探して歩きます。
 前方に、同じように観光で来ているのでしょう、老夫婦が仲良く歩いていました。
 歩きながら同行者がぽつりと言いました。

「俺らは、ここにくる観光客の中で、若い方なんだろうなあ」

 若い子はどこへ旅行に行ってるんでしょうね。

 おお、気がつけば城下町エリアに入りました。ここもまた、興味深そうな建物が並んでいます。お土産屋も左右に並び、歩いていてウキウキする空間です。
 しかし現在の目的は惺々庵。お茶屋の看板を出している店を探して歩きましょう。

 ‥‥気がついたら城下町エリア抜けてた。あれー?

 もう一度確認しましょう、現在位置がここ。さっきの史跡がここ。この間に店はあるはずだ。気を取り直して、引き返します。今度は見落とさないように、じっくりと‥‥。

 あれ? ここに御茶屋らしき看板があるよ。
 でもこれ、民家じゃね?

 答え。そこがお目当ての惺々庵。

 おそらく、お茶の先生がこうやって自宅を開放し、観光客をもてなしているのだろうと思われる。
 風情ある建物に、丁寧に手の入った中庭。踏み石を進んで奥に行くと、出てきたのは、和服姿の上品そうなおばちゃん。「はいはい、あがって」と席を勧められる。座敷とテーブル、どちらがいいかと言われたので、庭が見える側、ということでテーブル席を選択。そのテーブルにしたって、普段使いのものに普段使いの座布団カバーをかぶせたようなもの。うちの親戚の家に似ています。
 まずは煎茶と和菓子を出されました。お菓子は、これは何でしょう、ぐるぐる渦巻きのあんこと牛皮みたいなもの。一緒に抹茶のアメを「記念に」と貰いました。季節に合わせて、千代紙を鯉のぼりに折った、それに入っています。
 しばらくすると、茶が出されます。
 料金プラスで、有名な陶芸家の茶碗で出されるのですが、そんなのは江口に真珠、相方に小判なので普通の茶碗にさせていただきました。
 お茶の作法は知りませんが、気楽にどうぞといわれたのでその通りに。
 誰もいません。おばちゃんたちも裏に引っ込んでいます。静かです。
 茶をすすり、器を撫で、庭を眺める。
 最ッ高ーーーーーーーーー!!!

 なんでしょう、このまったり感。伊藤別邸に勝るとも劣らないまったり感。いや、茶があるぶん、こっちの勝利だ。
 いやいやいや、ガイドブックにでも載ってなきゃ近寄りもしなかった店だと思います。だって民家だよ、「一見さんお断り」って言われるかもしれない門構えだよ。入ってもランチが取れるでもない、ケーキが出てくるでもない。純粋に喫茶するための場所。陶芸の知識も、茶道の心得も何一つ無い人間なら、まずこないでしょう。
 いやー。来てよかった。

 だんだん陽もおちて参ります。近辺の史跡はたいてい5時には閉まってしまいます。あと1時間弱、さて、どこを見て回れるでしょう。
 すぐ隣の古い建物が中を開放しているそうです。
 では移動ー。



●旧久保田家住宅/菊屋家住宅●
http://www.haginet.ne.jp/users/kikuyake/(菊屋家住宅)


関係ない写真。

 さすがここは城下町エリアと名がつくところ。旧家・旧邸、その他歴史情緒あふるる建物が並んでいます。しかも開放されていて。入らないと嘘でしょう、ということで入ります。ちなみに上(↑)の写真はまったく関係ないです、いや、近辺の写真が無かったもので。スマヌ。

 久保田家と菊屋家は向かい合って建っています。久保田家は呉服屋の豪邸。菊屋家は造り酒屋。豪邸は勝手に入って見ていいけど、酒屋は入館料とられました。500円。
 久保田家は本当に、ただの家です。中には案内のおばちゃんがいます。いろいろな展示物がありますが(このときは五月人形)、いちばんの見所はやっぱり建物そのもの。特に台所が好きかな、わしは。やっぱり人がたくさんいたのだろう、広く、かまども多い。天井までは高く、屋根裏の作りもよく見える。しばし見入るわしら。こんなんばっかり。
 菊屋は資料館です。文化財ですしね。
 資料も、酒造りの道具から、絵画や陶芸品、電話ボックスに醤油の看板など様々です。食いついたのは電話ボックスのほうですよ、もちろん。
 忘れてはいけないのは、ここ2件とも(先の伊藤邸も)、「金持ちの家」だということです。きっと普通の人が持っていないものをいっぱい持っていたんでしょうね。たとえば行灯一つ、ちゃぶ台一つにしても、きっといいもの、当時の流通品の中で最高品質のものが置かれていたに違いない。電話ボックスが、この家にあったものなのか資料館のために持ってきたものかは知らないが、少なくともこの家には電話が早々に設置されたと思われる。収蔵品たちは見ていて面白いが、もし江口が明治人だったとして、同じようにこの屋敷を覗く機会があったとしたら、同じように面白がるのかもしれない。ごめん、愉快な話に持っていくつもりだったのに何か悲しくなってきた。

 酒造りの道具、でかい盆ざるなど、もろみ箱など、昔の酒蔵資料館としても楽しめます。一般では見ることの無い変わった道具の数々、歴史とか知らなくても普通に面白いので良し。
 あとおもしろポイントとしては、蔵ですな。
 何でか知らんが、賽銭箱と化しているらしい。
 蔵の下段、降りられずに覗くだけの小窓のようにあいている、そこがちょうど賽銭箱にいいサイズなのでしょうな、誰かがお金を入れ始めて、そしたらどんどんみんなが入れるようになって。結構な額が集まったのでどこかに全額寄付したものの、現在もまたお金が入れられ続けているそうな。サイズが良すぎたな、あれは。

 あちこちじっくり回って、やっぱり長居する我々。
 閉館は5時半。最後の客として出て行ったら、見送られた後施錠されました。どんだけギリギリ居たのやら。

 あとはまあ、せっかくだから旅館まで、上(↑)の写真のとおり、路地をうろうろと適当に散歩しながら帰る。有名な人だか無名の人だか分からない人たちの家が残っていて、高度な工法なのかよくあるものなのか分からないまま建造物を見て回る。時々普通の民家を覗いてしまって申し訳なくなる。
 6時ごろに旅館に到着。
 あとは夕ごはんを食べて、またお風呂三昧して、宴会になだれ込んで終わりにしましょうか。



ついで。
ごはんまでの時間に海まで行って真人間をやめてみた。
まだ歩き足りないか。


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